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Hikikomotrip

ブログで旅する27歳ひきこもり

ぼくが映画や音楽やブログを評価するときに見る所

おすすめ記事10選 ぼくのこと 日本語ラップ

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ぼくは居酒屋で友達の好きな映画や音楽の話を聴くのが大好きです。(最近はひきこもってるのでそんな機会ありませんが。)人が作品に魅力を感じるところって全然違って聞いてて飽きないんですよね。人それぞれ評価軸って必ずあって、そのひとがなにを大事しているのかが垣間見える気がするんです。 

 

あなたはどんな映画や音楽が好きですか?

 

ぼくは映画が好きで1年で200本鑑賞してた時期もあります。音楽はどちらかというと気に入った曲ばかりリピートして毎日聴いてしまうタイプです。ブログでは皆さんの話を聞きにくいので、今日はぼくが一方的に映画や音楽、そして例えばブログについてどんな所に魅力を感じるのかを語らせてください。

説明するのにちょっとした歌詞のサンプルを挙げてみました。流し読みでいいのでざっと目を通してみてください。

  

この度はこんな私を選んでくれてどうもありがとう。

ご使用の前にこの取扱説明書をよく読んで

ずっと正しく優しく扱ってね。

一点物につき返品交換は受け付けません。

ご了承ください。

会いたくて 会いたくて 震える

君想うほど遠く感じて

もう一度聞かせて嘘でも

あの日のように"好きだよ"って  

もっと愛の言葉を

聞かせてよ私だけに

曖昧なセリフじゃもう足りないから

もっと君の心の中にいたいよ

どんな時でも離さないで

 

西野カナさんの「トリセツ」「会いたくて会いたくて」「もっと・・・」の歌詞です。有名なので知っている方も多いんじゃないでしょうか。もう一つ、紹介したい歌詞があります。

 

「彼女を幸せにする」なんてこの歳で言えたもんじゃないな

しかも宿無し 極楽とんぼのままじゃな

廻るのは季節とかレコードだけだと思ってたけど

もはやこれまでか(中略)

優しさでごまかして 金もないし

ヒットしてるのも無料配信曲

地方営業 どさ回り ドキュメントにしても稼げない

親父に殴られたことないけど

君の親父に先に殴られそうだ

途方に暮れてたその頃

じいちゃんの部屋から,,,(こんなの聞こえたよ)

 

もしもこの舟で君の幸せ見つけたら

すぐに帰るから僕のお嫁においで

 

PUNPEEさんという方の「お嫁においで 2015」のリリックです。PUNPEEさんは水曜日のダウンタウンのテーマソング(すぅいよぉーーぶぃのどぁうんとたぅんのやつ)やレッドブルのCMを手掛けているラッパー、トラックメイカーです。 

 

ぼくが映画や音楽やブログを評価するときに見る所 

例えば西野さんとPUNPEEさんの曲どちらを評価するかといえばぼくは後者です。後者には他者性があるからです。

 他者性とはなにか。Googleで検索してみました。

他者性とは、差異や異質性を指し、しばしばこれらの言葉と互換的に用いられる。17世紀フランスの哲学者ルネ・デカルトRené Descartesは、とりわけ自らの権利の中において「(大文字の)他者Other」の理解をすることに特に留意し焦点を絞った文化的・歴史的なアプローチに向けて、「他者」理解を基礎付け確立した。そもそも他者性の概念はデカルトの「自己self」に見られる哲学的意味を有していたわけだが、いまや、カルチュラル・スタディーズにおけるものへと変化を遂げている。前文に見られるように、概念自体のこうした変容は、大文字の使用か否かによってしばしば区別される。たとえば、「大文字の他者Other」の形は、欲望やG.W.Gヘーゲルの著作に関心を抱いていた精神分析家ジャック・ラカンによって踏襲されてもいる(アイデンティティidentityの項を参照)。カルチュラル・スタディーズにおいて、「他者性」は人種、エスニシティー、ジェンダー、階級といった諸差異をめぐる問題とより深い関係がある。また、ポスト・コロニアル研究(ポスト・コロニアルpost-colonial /ポストコロニアリズムpostcolonialismの項を参照)において用いられるサバルタンの概念は、イタリアのマルクス主義思想家アントニオ・グラムシ(Gramsci 1971を参照)から採用されたものである。サバルタンとは、支配者層であるエリート階級との相違によって規定されるものであり、ポスト・コロニアルの理論上では、被支配者層の固有社会(indigenous societies?)と彼らの文化を指す。*1

 

はい、嫌がらせですね。読んだ人はお疲れ様でした。ぼくは読んでません。ぼくが思う「他者性」は、社会学者の宮台真司さんがわかりやすく説明していました。

 

社会学では、異質な相手の目線からどう見えるかを理解できることを「他者性がある」と言います*2 

 

歌詞の話に戻ります。

西野カナさんとPUNPEEさんの曲。どちらもラブソングという共通点がありますよね。西野カナさんの歌詞からは相手のことが好きで好きで仕方がない女の子の気持ちが伝わってきます。でも少し一方的に意見を押し付けているようにも思えます。

反対にPUNPEEさんのリリックからは、幸せにしたいけどそうしてあげる自信がない 、相手の目線から観た自分の不甲斐なさを表現しています。これがぼくが思う「他者性のある作品」です。

 

自己表現って別にだれでもできると思うんです。でも自己表現の中に他者を感じさせることってなかなかできません。 そういった作品には作者独自の「観察の跡」があるので、必ずその作品に触れたあと自分の価値観を少し変えてくれます。いわゆるおみやげみたいなものですね。 長くなりましたが、ぼくが映画や音楽やブログを評価するときに見る所はこんなかんじです。次に友達と飲むとき、好きな映画や音楽のはなしを振ってみてください。ビックリするくらい自分と着眼点が違っておもしろいですよ。